の管理人室です。


こでは、管理人がなぜこの様なサイトを立ち上げたか?・・などを∴熱く∴語っています!・・ので
自然と熱くなって表現力を失っているところがあります・・。

々にシンプルで分かり易い様に進化させて参りますのでお付き合い下さい!
(これは、2004-11-1バージョンです。)



会システムの「技術サービス」の「現場」を歩き続けて35年に成りました。少し回り道をしてますが・・!?
その経験から技術サービス部門は、メーカの下請けや関連会社の形をとる会社では駄目で
私が考える本来のあるべき「技術サービス」部門は、メーカから独立した“5権分立”が理想の姿である!
などと・・考えたのが・・学校出たての25・6・7歳頃でしたか。。

の頃は寝る間が無いくらいで、いつ家に帰れるか分からない日が続きました。
その頃は、たしか東京足立区の花畑団地でした!公団住宅、通勤に片道2時間は掛かってましたから・・
家に帰れないのは、自分の技術力が無かった為で自業自得ですが・・!
とにかくその日のうちに家に帰れないんです!それも連続してです。東京の前の名古屋は、もっとひどかった。
その頃です。“5権分立”を考え出したのは・・。

古屋の頃にいろいろ教えてもらった研究部門の上司や仲間がNHKの「プロジェクト]」に出ていて懐かしいなあ〜!と思った事を思い出してしまいました。

その時、サービス部門は、出てなかったなあー!・・残念!。光が当たるのは、やはり研究開発の部門に成ってしまう。
俺たちサービスマンが現場データを取り改善提案を出してデバッグしたからシステムが進化できたんです。

権とは?「研究部門」「設計部門」「製造部門」「販売部門」そして我々の「サービス部門」のことで
5部門がそれぞれ独立した権利を持つと云う考えです。同時に責任が発生します。当然ですがここが大事です
そういう会社たくさん有りますがそれは名目上のことで・・・
この話は、長くなりますから次の機会にまわします・・・!

ただ、5権分立の発想は単純で・・“早く遊びたい・・家に帰りたい・・”
という気持ちから出た?・・我がままから来てま〜す!・・と云うと少し違うかなあー
現場サービスマンの夜を日に変えての努力がほとんど認められなかった・・事への怒りですね! そうそう、怒りです!・・。
何故に5権分立にすると早く家に帰れるの〜って・・これも話が長くなるから別の機会にまわします!
しかし、この「ビジネスモデル」よく世界企業で見かけます。例えば「本田技研工業株式会社」など・・

ろいろな有名な会社の保守サービスの現場を渡り歩いてもこの気持ちが変わりませんでした・・。
いろいろな提案をしても取り入れられる事も無く返って上司から煙たがられる?・・!

納得が出来ず・・それなら自分で会社をやってやろう・・と思い続けて16年、曲がりくねった16年でした!
やっとこさ!?1991年に「中部テクノエキスプレス株式会社」“Xpress”を設立して15年になります。
なかなか思うような形には成っておりませんが着実に1歩、1歩と進化し技術サービス専門会社が
形を整えつつあります。

と云う訳で、60歳を目の前にして何か“サービスマン”に役立つサイトを作りたいと思い余り得意としない
キーボードと向き合って“頑張れ!サービスマン”のサイトを立ち上げる決心をした次第です。

こでやっと、このサイトを出してみたいと云う管理人南出英男の紹介に戻りました!
何故かって・・・!?  サービスマンの仕事ってつらいんですよ!
その上、社会的に認められていないんです!
例えば、“あなたの職業を下のカテゴリーから選んでください”という書類を書かされる時ってありますね!
職業欄から自分の職業を選ぶときです。
技術サービス欄って何処にあるの?・・と思ったことがある筈です。これ結構ショックですよ!

社が採用で職安、今のハローワークとやらに行くと、うちのカテゴリーが有りません・・
こんな時、保守サービス業って“飲み屋のねーちゃん!”(失礼!お世話に成って居ります!)よりもマイナー?
と寂しい気持ちに成るのは私だけでは無いはず。。です。

「保 守技術サービス業」を産業にする!・・というと大げさですが職業欄に「カテゴリー」を創るぞ〜!!と
張り切っていって見ようと思ってこのサイトを立ち上げましたので宜しくお願いします。

最後までお読み頂き有難う御座います。